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なかざわ@祭屋

Author:なかざわ@祭屋
道の駅きつれがわ 物産店「祭屋」
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日本一小さな大大名
大大名

足利家ゆかりの城下町喜連川。
その喜連川の歴史について書かれた本がでました。

「石高はわずか五千石、なのに格は十万石で、
参勤交代なし、諸役なしの特別待遇、
おまけに 「 御所様 」と敬われた。
下野喜連川------。
この小藩のお殿様、いったい何者か?!」


と、帯に書かれている通り、
ちょっと変わった歴史を歩んできた喜連川藩。

喜連川藩の興りにちょっとふれておきますと、
この喜連川の地に足利家を再興させたのは
豊臣秀吉といわれています。

かつて喜連川を治めていた塩谷家が滅亡し、
後に残されたのは美貌の城主夫人 島子姫。
しかも彼女は足利家(小弓公方)の血をひいていました。
ここにクラリときた秀吉は、家を守る約束をし、領地を与え、
さらには ちゃっかり側室にしてしまうんですね。

当時足利家は断絶していましたが、それを惜しんだ秀吉は
島子の弟・国朝と、足利(古河公方)の血をひく氏姫を縁組させ、
ここ喜連川の地に足利(古河公方家)を再興させたのです。


なんともドラマチックな展開ですが、
これはプロローグにすぎません。

同じ足利家でも 対立関係にあった小弓公方と古河公方、
それぞれの家の出である国朝と氏姫の苦しく悲しい運命や、
その後の徳川幕府とのかかわり・特別待遇の謎など、
興味深い記述がたくさん出てきます。


これを読んで、私も自分の住む町が
またひとつ好きになりました。
いろんなドラマがあって、今のこの風景があるのね~と思うと
感慨もひとしおなのです。

最後に、お城があったとされるお丸山公園の
蔵ヶ崎(倉ヶ崎?)跡から街を見下ろしてパチリ。
歴代のお殿様たちも、こうして町を見守っていたのでしょうか。

大大名2

「日本一小さな大大名」 山下昌也 著 グラフ社
全国の書店はもちろん、道の駅きつれがわでも販売中です(^^)



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